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第7回

53番札所〜57番札所・51番・64番札所

五十三番札所 宝徳院(下田市吉佐美)

流れ来る宇佐美の浜に来朝仏宝の船にのりてこそゆけ
山号 佛谷山
曹洞宗
草創・859-877(貞観年中)

歴史は古く、天安二年 (858)中国・長安の青龍寺に学んだ、天台宗の智証大師・円珍が帰朝の際、千体仏を積んだ船が遭難して吉佐美の浜に打ち上げられた。この千体仏を安置するため、草庵を建てたのが始まり。宝徳元年 (1449)現在地に移転。年号から取り宝徳院と称した。

境内脇の細い山道を草を掻き分け寺の裏手へ上がっていくと、岩山に三十三観音、江戸時代中期のものといわれる十六羅漢が佇んでいる。

本堂から聞こえる美しい御詠歌が山間に木霊する中で独特な表情の石仏を拝むと心に清流の流れるような気持ちになる。

五十四番札所 長谷寺(下田市田牛)

ここにいて心は西にはせ寺の弥陀の誓いを寝てもさめても
山号 浦岳山
曹洞宗
草創・729-49(天平年間)
本尊・阿弥陀如来像は国の重要文化財

行基の開創と伝えられ、真言宗で昌善寺と称したが、天文十四年 (1545)長谷寺と改称。明暦元年 (1655)曹洞宗に改宗し現在に至る。

色落ちして、今にも消えそうな天井画が、近代技法で見事に修復された。本尊・阿弥陀如来像は治承4年(1180年)近くの遠国島の岳浦に漂着したので、暫く小さな堂に祀られていたが、後に長谷寺の本尊に迎えられたと伝えられる。檜の寄木造、高さ88cm、平安後期の作風を示す秀作といわれる。国の重要文化財に指定されている。田牛付近は下田市天然記念物のはまゆう(浜木綿)が自生。7月には満開の群生が見られる。

五十五番札所 修福寺(南伊豆町湊)

もとよりも持戒修福の恵みとていいもり山ぞたかく香れる
山号 飯盛山
曹洞宗
草創・不明

開創年代は不明。南伊豆青市に真言宗・大安寺(奈良市)の別院として開創、石門寺と称した。その後、手石と現在地と移転を繰り返す。1534(天文三年)修福寺と改称し、曹洞宗に改宗し現在に至る。

別棟の経蔵に収められている、「紙本墨書大般若経」は国指定の重要文化財。これは、1130年に源盛依頼らが、信仰のために一字一字書いたと言われている。当初は巻き物だったが、修理を重ねるうちに折本につくりかえた。

五十六番札所 正善寺(賀茂郡南伊豆町)

善き人も 悪しき心の 人とても 悔いて正しき 人となるらむ
山号 養珠山
曹洞宗
草創・不明

五十七番札所 青龍寺(賀茂郡南伊豆町)

法の花 かすみも青く たつ寺は わしのお山の ふもとなるらむ
山号 東海山(とうかいさん)
臨済宗(建長寺派)
草創 1225(嘉禄元)年

五十一番札所 龍雲寺(南伊豆町青市)

世の塵に まじわりふかく たつ雲の ともにぞ仰ぐ み仏の慈悲
山号 青谷山
曹洞宗・(下田・曹洞院・末)
草創・不明

創立年代等は、一切不明。坂を上り詰めたところにひっそりと佇む寺。当初は真言宗で、1558-70(永禄年中)曹洞院、三世・僧了堂、により曹洞宗に改宗され現在に至る。

壁画も漆喰のこて画で見事。

六十四番札所 慈雲寺(賀茂郡南伊豆町)

わきかえる 湯つぼの中に 影すみて 金のみ嶽に 月もとうとき
山号 金嶽山
曹洞宗
草創・不明