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第10回

73番札所〜75番・77番・78番・84番札所

七十三番札所 常在寺(賀茂郡松崎町)

み仏の 常にまします 寺なれば 鷲のお山に 法の聲かな
山号 霊鷲山
臨済宗(建長寺派)
草創 1429(永享元)年

七十四番札所 永禅寺(松崎町岩科北)

都にもここにも嵯峨のみ仏はあおぐにたかき山のもとかな
山号 嵯峨山
臨済宗(帰一寺・末)
草創・1167(仁安二年)

高倉天皇(1161~81)の時代、伊豆に流された文覚上人が護持していた釈迦如来をこの地に安置し、嵯峨野と名づけてお堂を建てたのが始まり。真言宗・永善寺と名付けたのが草創。後に、貞治三年 (1364)永禅寺 と改め臨済宗となる。御本尊の釈迦如来像は運慶作。
「閻魔真行」に祀ってあった弘法大師像が安置されている。

かつては弘法大師も訪れたという行場「閻魔真行」は、岩科川上流の八木山集落から山間へ3kmほど入り、渓流に面して奇岩の絶壁がそそり立つ静かな秘境。弘法大師は、一端ここに入るが、農地から肥料の臭いが漂ってきて不浄なことや、谷の深さが物足りない等を理由に立ち去ったという。後に、紀州へ行き高野山を開いたという伝説が残っている。
それを裏づけるように、絶壁の中腹の行場「閻魔真行」には、弘法大師像を祀ってあったが、現在はここ永禅寺に安置されている。

七十五番札所 天然寺(松崎町岩科北)

つくらずとおのずからなる天然寺弥陀の誓いをなんといわしな
山号 岩科山
浄土宗(増上寺・末)
草創・1468(応仁二年)

僧・雲誉が草創、宝永二年 (1705)8月の大洪水で流失、宝永六年(1709)再建。 本堂内には、鎌倉時代の地蔵尊像、室町時代の不動明王像、その他多数の仏像がある。歴史上非常に貴重な古文書が数多く所蔵されており、毎年1回、境内の土蔵から運び出して虫干しが行なわれる。

天正十八年(1590)の秀吉の掟書が残っている。小田原の北条氏を滅ぼすため都を発った豊臣秀吉の軍勢は、清水港から船団を組んで松崎港経由し下田に向う。天然寺は秀吉軍の集結場所となった。秀吉が軍の規律を保ち、同時に住民の人心安定を狙って発した掟書である。その他、慶長三年(1598)に記録された「豆州西浦岩科江之御縄水張」、黒船の外国人が岩科にきた場合の心得を書いた文書など、その数は1,000点余。山岡鉄舟の書もある。重文・岩科学校旧館は天然寺の隣で資料館となってる。一見の価値あり。

七十七番札所 円通寺(松崎町宮内)

相生の松にひびきし円通寺大慈大悲とたのめ救わん
山号 文覚山
臨済宗(帰一寺・末寺)
草創 治承三年(1179)
本尊 聖観世音

治承三年(1179)文覚上人が韮山に流罪中、この寺に寄寓したことから文覚を開祖とし、後に山号を文覚山とした。本尊は弘法大師作といわれる、聖観世音菩薩。草創は真言宗で、応安時代(1342-70)臨済宗に改宗した。徳川家光より寺領十二石余りの御朱印地を受けていました。

文覚は寺の奥の院であった観音堂で、の源頼朝と源氏再興の密議をなしたと伝えれている。堂内にあった頼朝と文覚の像は当山の本堂に移されている。円通寺は「伊豆横道33観音」の4番札所にもなっている。

七十八番札所 禅海寺(松崎町江奈)

松ヶ枝のひまとるなみも東隣の瑠璃にうつらむここちそすれ
山号 祥雲山
臨済宗(帰一寺・末)
草創 建久年間 (1190-97)
本尊 釈迦如来

山門の左に、大きい地蔵尊が立つ。隣の六地蔵、六角体の石塔に六地蔵を彫った珍しいもの。三界万霊塔がある。三界とは過去・現在・未来をさす。先祖だけでなく、すべての精霊に供養する意味がある。庭園の手入れが良く清楚な感じを受ける

御由緒は「開山は栄西禅師、土御門天皇の御代建久3年の春、禅師ここにきて錫を卓立し、自ら土を運び石を曳き一宇を造り、山を祥雲、寺を禅海と名付けた」と伝えられる。住職の話によると、明治四年(1871)九月二十四日に起きた江奈の大火により、古記録を含めすべてを焼失。山門のみ残る。大正十四年(1925)江戸末期の武家造りの家であった福本家を買い取り本堂が完成した。故に禅宗らしい造りではないとのこと。
住職は七十七番、円通寺の住職も兼ねている。

ドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」2004年TBS のロケ地になった。

八十四番札所 法眼寺(西伊豆町仁科)

はるばるとよりくる波も仁科なるみ法の花のにおう春風
山号 正島山
臨済宗(帰一寺・末)
草創 1444 (嘉吉四年)
本尊 釈迦牟尼佛

山門の左に、大きい地蔵尊が立つ。隣の六地蔵、六角体の石塔に六地蔵を彫った珍しいもの。三界万霊塔がある。三界とは過去・現在・未来をさす。先祖だけでなく、すべての精霊に供養する意味がある。庭園の手入れが良く清楚な感じを受ける

本尊は釈迦、阿弥陀、薬師の三如来で木像、行基の作である。本堂の天井には四季の花々が描かれてた天井画が美しく残っている。寺に安置された三十三観音も見事。境内は、綺麗に掃き整えられており、昔の海の安全を祈願した名残か、家紋や屋号の入った瓦が立てかけてある。庭にお地蔵さんが寝そべったり、肘をついたりしているのがかわいらしい。

境内の左に石の階段があり、登りきると天王神社がある。スサノオノミコトを祀ってあり、五穀豊穣や疫病退散を祈って毎年7月16日に「天王様のお注連あげ」という豪快な夏祭り行事が行われる。